PINGの営業さんから、以前こんな話を聞いたことがあります。
「ウェッジのライ角は、アイアンの流れより2度ほどフラットにした方がいいですよ」
その理由として聞いたのは、ライ角をフラットにすることでフェースが相対的に右を向き、ボールにスライス方向の回転が入りやすくなる、という考え方でした。
これはこれで、ひとつの説明です。
しかし、この説明はクラブを止めた状態から考えています。
つまり、スタティック(静的)な考察です。
では、ウェッジのライ角を2度フラットにするというセッティングを、本当に静的な考察だけで説明してしまってよいのでしょうか。
以前このブログで、左への引っかけに悩んでいたお客様のクラブを、あえてアップライトに調整した話を書きました。
一般的なライ角理論だけで考えれば、これは逆です。
アップライトにすれば、フェース面の幾何学的な向きは左方向へ作用します。
左へ引っかける人なら、さらに左へ行きそうです。
ところが、実際には逆でした。
アップライトに調整すると、左への引っかけがなくなったのです。
なぜでしょう。
クラブは、インパクトの瞬間まで静止しているわけではありません。
人間が動きます。
クラブが動きます。
シャフトが動きます。
ヘッドが動きます。
そこには質量があります。
慣性があります。
回転があります。
そして、それぞれの運動には時間差があります。
ライ角を変えれば、変わるのは静止したフェースの向きだけではありません。
クラブが運動するときの挙動そのものが、変わる可能性があります。
つまり、
静的には左へ行くはずの変更が、動的には右方向への変化を生むことがある。
運動は、ときとして静的な予測とは逆の結果を生みます。
ここが、今回のシリーズの出発点です。
止まっているクラブを見て考える「スタティック」から、
動いているクラブと、動いている人間を考える「ダイナミック」へ。
まずは、
「ウェッジを2度フラットにすると、なぜ統一感が出るのか」
この話から考えてみたいと思います。
では、ウェッジを2度フラットにすると、何が起きるのでしょうか。
まず、スタティックに考えてみます。
クラブを地面に置き、フェースを目標方向へ向けます。
そこからライ角をフラットにすれば、フェース面には右方向を向く成分が生まれます。
これは幾何学です。
クラブを動かさなければ、この説明でほぼ終わります。
しかし、ゴルフクラブは動かして使う道具です。
ここからダイナミックに考えてみます。
クラブには「重さ」だけでなく「慣性」がある
ゴルフクラブの振りやすさを考えるとき、
「このシャフトは130gです」
「このヘッドは270gです」
というように、私たちはどうしても重量を見ます。
しかし、動いている物体では、重量だけでは十分ではありません。
重要になるのが質量分布です。
同じ400gのクラブでも、その400gが手元近くに集まっているクラブと、ヘッド側に集まっているクラブでは、動かしたときの感覚はまったく違います。
これは慣性モーメント、
I=Σmr2乗
で考えることができます。
質量 (m) が同じでも、回転軸からの距離 (r) が大きくなれば、その影響は距離の二乗で大きくなります。
つまりクラブは、
何グラムあるか
だけではなく、
その何グラムが、どこにあるのか
で動き方が変わります。
現代のアイアンは意外なほど揃っている
ここで、現代のアイアンを簡単なモデルで計算してみました。
シャフト重量を130gとし、一般的な番手ごとのクラブ長とヘッド重量を使って、グリップ側を基準にした慣性モーメントを概算します。
すると、
4番アイアン 約0.280
5番アイアン 約0.279
6番アイアン 約0.278
7番アイアン 約0.277
8番アイアン 約0.275
9番アイアン 約0.274
PW 約0.272
kg・m²程度になりました。
もちろん、これはクラブを非常に単純化した計算です。
しかし、傾向を見るには十分です。
驚くほど揃っています。
クラブは長くなるほど回転半径が大きくなります。
そのままなら長いクラブほど慣性モーメントは大きくなるはずです。
しかし実際には、長い番手ほどヘッドが軽く設計されています。
そのため、
クラブが長くなることによる慣性の増加を、ヘッド重量の減少によって相殺している
と見ることができます。
さらに、ドライバーを
45.25インチ
ヘッド203g
シャフト50g
として同じように計算すると、
約0.290kg・m²。
130gシャフトの4番アイアンが約0.280ですから、思ったほど大きな差ではありません。
現代のクラブは、私たちが想像している以上に、
番手が変わっても似た運動をしやすいように質量が配置されている
のかもしれません。
では、ウェッジはどうでしょう
ここで最初の話に戻ります。
アイアンセットの流れで考えれば、クラブが短くなるにつれてライ角は徐々にアップライトになります。
スタティックに見れば、とてもきれいな流れです。
ところがPINGの営業さんから聞いた話では、
ウェッジは、その流れより2度ほどフラットにする。
数字だけを見れば、ここで突然流れを壊しています。
なぜでしょう。
もしかすると、
静的な数値の流れを壊すことで、動的な流れを揃えている
のではないでしょうか。
ウェッジは短い。
そしてヘッドは重い。
さらに、アイアンより小さな振り幅で使うことも多くなります。
短いクラブは、人間の動きに対して反応が速くなります。
同じように身体を動かしたとしても、長いクラブより早くクラブが追従してくる可能性があります。
だとすれば、ウェッジだけライ角を少しフラットにすることによって、その反応をわずかに遅らせることができれば、
長いクラブから短いクラブまで、
人間に対するクラブの時間的な反応を揃える
ことができるかもしれません。
ここで私は、ひとつの経験を思い出しました。
ライ角をフラットにすると、
手元が少し遅れる。
逆にアップライトにすると、
手元が少し先行する。
何度も試しているうちに、この傾向が見えてきました。
もちろん、2度ライ角を変えたことで、何ミリ秒遅れるのか。
それを単純な計算だけで求めることはできません。
人間には肩があります。
肘があります。
手首があります。
股関節があります。
さらにクラブにはシャフトのしなりがあります。
すべてがつながったリンク機構として動いているからです。
しかし、ここで重要なのは、
手元の位置が変わる
ということです。
手元が遅れれば、同じインパクトにはなりません。
身体はその間にも動いています。
骨盤も回っています。
胸郭も回っています。
クラブも回っています。
仮に手元の到達がわずか5ミリ秒違っただけでも、インパクト付近で身体が毎秒数百度という角速度で回転しているなら、その5ミリ秒の間に身体の位置関係は数度変わる可能性があります。
つまり、
ライ角を2度変えた。
ただそれだけの変更が、
インパクトでは2度以上の違いを生み出す可能性がある。
ここに、スタティックとダイナミックの大きな違いがあります。
静的な理論では、
ライ角 → フェースの向き
だけを見ます。
しかしダイナミックに考えるなら、
ライ角
→ クラブの運動特性
→ 手元の速度
→ 身体との時間差
→ インパクト時のクラブ位置
→ クラブパス
→ フェース向き
→ 弾道
まで考えなければなりません。
こうなると、
「アップライトだから左」
「フラットだから右」
という単純な話ではなくなります。
そして、私が実際に経験した、
左への引っかけに対してアップライトにしたら、逆に真っすぐ飛ぶようになった
という現象も、少し違って見えてきます。
静的には左へ向かう変更。
しかしその変更によって手元の時間軸が変わり、クラブパスやフェースの動きまで変化すれば、
結果は逆になることがあります。
クラブを止めて見ていたのでは、これは分かりません。
ゴルフクラブは、動いているからです。
そして人間も、動いています。
これが、
ダイナミックに考える
ということなのだと思います。
