第3話 マッスルバックは、なぜボールを抑えやすいのか

前回、お客様から出てきた一言を紹介しました。

「抑えるのは容易です。」

今回のお客様は、以前マッスルバックを使用していた上級者です。

ボールを高く打つことも、低く抑えることもできる。

ところが、少し「やさしい」とされるハーフキャビティを使っていたときには、その持ち味を十分に生かせていなかったようです。

そしてBLUEPRINT Tに戻すと、再びそれが容易になった。

では、何が違ったのでしょうか。

今回は少し物理の話をしてみたいと思います。

「操作性が高い」をもう少し具体的に考える

マッスルバックは「操作性が高い」と昔から言われています。

しかし、

なぜ操作性が高いのでしょうか。

単にヘッドが小さいから。

それだけでは説明になりません。

そこで注目したいのが、クラブヘッドのシャフト軸まわりの質量分布です。

クラブヘッドの重量が同じでも、その質量が回転軸からどれだけ離れたところに配置されているかによって、回転のさせやすさは変わります。

回転軸から遠いところに質量が配置されるほど、軸まわりの慣性モーメントは大きくなります。

反対に、質量が軸に近いところへ集まれば、慣性モーメントは小さくなります。

ここでは分かりやすく、

「回転させようとしたときの抵抗」

と考えてみてください。

フェースターンには時間が必要

ダウンスイングを見ていると、ハーフウェイダウンからインパクトゾーンへ入っていくあたりで、クラブフェースは大きく向きを変えていきます。

いわゆるフェースターンです。

ここで二つのクラブに、同じ大きさのトルクを加えると仮定してみます。

回転運動では、

トルク = 慣性モーメント × 角加速度

という関係があります。

したがって、同じトルクなら、慣性モーメントが小さいほど角加速度は大きくなります。

つまり、同じ角度だけフェースをターンさせるのであれば、

シャフト軸まわりの慣性モーメントが小さいヘッドほど、必要な時間を短くできる

ということです。

ここまでは比較的単純な話です。

しかし、本当に重要なのはここからです。

フェースターンが速いことが重要なのではない

「それなら、小さいヘッドはフェースが速く返るから操作しやすいのか」

と思うかもしれません。

しかし、今回注目したいのはそこではありません。

フェースターンが速いこと自体が重要なのではありません。

必要なフェースターンを、より短い時間で完了できることが重要なのです。

なぜでしょう。

インパクトの瞬間は決まっています。

そこまでにフェースを必要な位置まで戻さなければなりません。

フェースターンに長い時間が必要なヘッドなら、インパクトに間に合わせるためには、その動きを早く始めなければなりません。

つまり、

リリースを早く始める必要があります。

反対に、必要なフェースターンを短時間で行えるのであれば、

リリースの開始を遅らせることができます。

この違いが重要なのではないかと考えています。

遅らせた時間で、何ができるのか

では、リリースを遅らせることのできた時間で、ゴルファーは何ができるのでしょうか。

ここに今回の話の核心があります。

手元を先へ進めることができます。

ただし、ここには重要な前提があります。

手元、つまりグリップ位置のプレーンを大きく変えないことです。

多くのゴルファーは、インパクトが近づくと手元を身体側へ引き寄せるような動きが入ります。

今回はそうではなく、グリップがそれまで通ってきたプレーンを大きく変えることなく、そのまま進んでいくスイングを考えます。

インパクトの前とインパクトの間でグリップの軌道が同じ軌道を通っていることが分かると思います。

フェースターンをまだ始めなくてもインパクトに間に合うのであれば、その時間だけグリップをさらに先へ運ぶことができます。

クラブヘッドを急いで手元に追いつかせる必要がありません。

すると、

手元が先行した状態を、より長く保つことができます。

ロフトを立てようとしているわけではない

ここでもう一つ重要なことがあります。

ゴルファーは、

「ロフトを立てよう」

としているわけではありません。

手元のプレーンを変えず、

リリースを急がず、

グリップをそのまま進めている。

その結果として、インパクトに近づくにつれてシャフトリーンが生まれます。

そして、

ダイナミックロフトが自然に小さくなります。

つまり、低いボールを打つために、インパクト直前でフェースを無理に立てているわけではありません。

その前の段階で、フェースターンを急ぐ必要がない。

だから手元を進める時間が残っている。

その結果として、ロフトが減っている。

この順番です。

「抑えるのは容易です」の意味

ここまで考えると、お客様の

「抑えるのは容易です」

という言葉の意味が少し違って見えてきます。

単に低い球を打つ技術を持っている、というだけではありません。

必要なところまで手元を運び、

必要なタイミングからリリースし、

インパクトで必要なダイナミックロフトを作る。

そうしたクラブの扱い方を身につけているゴルファーだと考えることができます。

そしてBLUEPRINT Tでは、その技術を使いやすかった。

一方でハーフキャビティでは、同じことをしようとしても、ヘッドの運動特性が違う。

もし必要なフェースターンにより長い時間が必要なら、リリースを早く始めなければインパクトに間に合いません。

そうなれば、手元を先へ進められる時間も短くなります。

結果として、

ダイナミックロフトを減らせる幅も小さくなる可能性があります。

これが今回、ハーフキャビティでは難しかったことが、マッスルバックでは容易になった理由の一つではないかと考えています。

「操作性」の正体

こう考えると、

「マッスルバックは操作性が高い」

という言葉も、少し違って見えてきます。

フェードやドローを打ち分けられる。

高い球や低い球を打ち分けられる。

もちろん、それも操作性です。

しかし、そのもっと手前には、

ゴルファーがクラブを動かしたいタイミングまで、クラブの動きを待たせることができる。

という性質があるのかもしれません。

フェースターンが速いから操作性が高いのではありません。

フェースターンに必要な時間が短いから、その開始を遅らせることができる。

そして、その遅らせた時間を使って手元を進めることができる。

その結果として、ダイナミックロフトを自分で管理できる範囲が広がる。

これが、今回のお客様にとってのBLUEPRINT Tの「やさしさ」だったのかもしれません。

ただし、ここで一つ注意が必要です。

ヘッドの大きさだけで、シャフト軸まわりの慣性モーメントが決まるわけではありません。

重要なのは、あくまでシャフト軸に対して質量がどのように配置されているかです。

BLUEPRINT Tと今回比較したハーフキャビティについて、シャフト軸まわりの慣性モーメントを実測して比較したわけではありません。

ですから、これは今回の現象から考えられる一つの力学的な仮説です。

しかし、

「なぜマッスルバックでは抑えることが容易だったのか」

を考えると、非常に興味深い視点だと思います。

そして、このお客様は言いました。

「抑えるのは容易です。」

ならば、フィッティングでは逆のことを考えることができます。

抑える能力をすでに持っているのであれば、もっと高さを与えてもいいのではないか。

ここから、シャフト選びが始まりました。

次回は、なぜProject X LZを試したのか。

そして、なぜ「弾道の高さ」を基準にシャフトを選んだのか。

その話をしてみたいと思います。

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