先ほど紹介したゴルファーは、ほとんど練習をしていません。
それにもかかわらず、クラブをフィッティングしたあとに自己ベストを更新し、一緒にラウンドした三人のシングルプレーヤーのうち、二人を上回りました。
アイアンのシャフト、ハイブリッドのシャフト、ライ角、ウェッジ、ソール形状、距離のつながりまで見直した結果です。
短期間に練習を重ね、新しいスイング技術を身につけたわけではありません。
変わったのは、クラブです。
では、なぜクラブを変えただけで、ゴルファーの結果まで大きく変わったのでしょうか。
この事例を考えるには、まず、
ゴルファーがクラブを動かしている
という、当たり前に見える考え方を一度見直す必要があります。
クラブを最初に動かすのは人間
クラブは、それ自体では動きません。
ゴルファーが力を加え、クラブを動かそうとします。
この段階では、確かに人間がクラブを支配しています。
どの方向へ動かすのか。
どれくらいの力を加えるのか。
いつ動き始めるのか。
最初の入力を決めるのは人間です。
しかし、人間がクラブに力を加え、クラブが速度を持った瞬間から、両者の関係は一方向ではなくなります。
人間からエネルギーを与えられたクラブは、そのクラブ自身の物理特性に従って動き始めるからです。
クラブの質量、長さ、重心位置、重心距離、慣性モーメント、そしてシャフトの変形。
一度動き始めたクラブは、ゴルファーの意思だけに従っているわけではありません。
そのクラブが持つ性質に従って運動します。

人間が与えたエネルギーによって、人間が動かされる
ゴルファーは、クラブを動かそうとしてエネルギーを与えます。
しかし、エネルギーを持ったクラブの運動は、グリップを通じて人間へ返ってきます。
すると、ゴルファーはクラブを動かしているだけではなく、動き始めたクラブによって、
- 手元の位置
- 手首や前腕の向き
- 肩の回転
- 上体の傾き
- 股関節の支え方
- スイングプレーン
まで変えられます。
つまり、
クラブを人間が支配しようとしてエネルギーを与えると、そのエネルギーを持ったクラブによって、今度は人間が支配される。
これが、ゴルファーとクラブの実際の関係です。

もちろん、ゴルファーが完全に制御を失うという意味ではありません。
人間はクラブに入力を与え続けています。
しかし同時に、クラブから返ってくる力にも対応し続けています。
ゴルファーとクラブは、主従関係が固定されたものではなく、互いに力を与え合う相互作用の中にあります。
人間がクラブを完全に支配できるなら、フィッティングは必要ない
仮に、人間がクラブを完全に支配できるとしましょう。
それならば、クラブの長さや重量、ライ角、重心距離、慣性モーメント、シャフト特性が変わっても、ゴルファーは常に同じ構え、同じスイング、同じインパクトを再現できるはずです。
どのようなクラブを持っても、技術だけで同じ結果を出せるのであれば、フィッティングは必要ありません。
しかし現実には、クラブが変われば、ゴルファーの動きも変わります。
ライ角が変われば、アドレス時の手元の高さが変わります。
手元の高さが変われば、身体の支点が変わります。
支点が変われば、スイングプレーンが変わります。
そして、そこから動き始めたクラブが持つエネルギーによって、ダウンスイング以降の動きまで変わります。
だからこそ、フィッティングが必要なのです。
ライ角は、フェースの向きだけを変えるのではない
ライ角については、一般に次のように説明されます。
アップライトなら、フェースは左を向く。
フラットなら、フェースは右を向く。
静止したクラブだけを見れば、この説明は間違いではありません。
しかし、実際にクラブを使うのは人間です。

ライ角が変われば、人間の構えが変わります。
アップライトなクラブでは、手元が高くなり、ボールとの距離が近くなります。
フラットなクラブでは、手元が低くなり、ボールとの距離が遠くなります。
その構えからスイングが始まるため、ライ角の影響はフェースの向きだけでは終わりません。
そして、その影響は、クラブが持つ運動の強さが大きいほど、無視できなくなります。
重心距離が長いクラブ
重心距離とは、シャフト軸からヘッドの重心までの距離です。
重心距離が長いクラブでは、ヘッドの質量がシャフト軸から遠い位置にあります。

そのクラブをスイングすると、ヘッド、特にトウ側は、スイングの中心から外側へ大きく展開しようとします。
ここで注意したいのは、
重心距離が長いクラブは、フェースが返りにくい
と単純に考えないことです。
重心距離が長ければ、ゴルファーが手先だけでヘッドの姿勢を急激に変えようとする動きには抵抗します。
一方で、クラブ全体の運動によって生じる自然なヘッドの展開は、むしろ大きくなります。
言い換えれば、
手で返す動きには抵抗するが、スイングによって返る力は大きい。
ということです。
スインガーでもヒッターでも、この自然なクラブの回転は起こります。
違うのは、ゴルファーがそこへどれだけ追加の入力を加えるかであって、自然な回転そのものが存在するかどうかではありません。
重心距離が長いクラブほど、ゴルファーの小さな手先の操作よりも、クラブ全体が持つ運動の影響が大きくなります。
つまり、クラブによってゴルファーが動かされる割合が大きくなるのです。
慣性モーメントが大きいクラブ
慣性モーメントが大きいクラブには、ミスヒットに強く、ヘッドの姿勢が安定しやすいという利点があります。
しかし、その安定性とは、
一度始まった運動を維持しようとする性質が強い
ということでもあります。
適切な構えとスイングプレーンから動き始めれば、その安定性はゴルファーを助けます。

クラブは余計な動きをせず、安定したままインパクトへ向かいます。
反対に、ライ角や長さが合わず、不適切な構えから動き始めた場合には、その不適切な運動も維持されやすくなります。
ゴルファーは途中で修正しようとして、
- 手元を浮かせる
- 肩を過剰に回す
- 身体を起こす
- クラブをプレーンから外す
といった補正動作を行います。
しかし、慣性モーメントの大きいクラブは、一度持った運動を簡単には変更しません。
そのため、ゴルファーはさらに大きな補正を求められます。
高慣性モーメントのクラブは、ただ優しいクラブなのではありません。
正しい運動に入れば、その正しさを維持してくれる。
間違った運動に入れば、その間違いからも抜け出しにくくなる。
という性質を持つクラブです。
なぜ、重心距離の長いアイアンほどライ角にシビアなのか
重心距離が短く、慣性モーメントも比較的小さいクラブであれば、ゴルファーはスイング中にある程度の修正ができます。
手元の位置を変えたり、フェースの向きを変えたりして、インパクトを合わせる余地があります。
ところが、重心距離が長く、慣性モーメントが大きいクラブでは、一度始まったヘッドの運動が強くなります。
ライ角によって構えがずれ、その構えからクラブが動き始めると、そのずれを持ったまま大きな運動へ移行します。
つまり、
ライ角の小さな不適合が、構えの変化を生み、
その構えの変化が、大きな慣性を持ったクラブによって増幅される
ということです。
だから、重心距離の長いアイアンほど、ライ角にシビアになります。
フェースが何度左や右を向くかという静的な話だけではありません。
不適切なライ角から生まれた構えとスイングプレーンを、クラブ自身が強く維持しようとするからです。
先ほどのゴルファーに何が起きたのか
ほとんど練習をしなかったゴルファーが、フィッティング後に自己ベストを更新し、シングルプレーヤーを上回りました。
そのゴルファー自身の運動能力が、突然高くなったわけではありません。
クラブの条件を整えたことで、
- 構えが整った
- 支点が整った
- スイングプレーンが整った
- クラブから返ってくる作用が変わった
- 不要な補正動作が減った
と考えられます。
それまで使用していたクラブは、ゴルファーへ不適切な動きを要求していた可能性があります。
ゴルファーは、そのクラブに対応するために、無意識に身体を補正していました。
フィッティングによってクラブの条件が合うと、クラブは同じエネルギーを持ちながら、今度はゴルファーを望ましい方向へ導き始めます。
練習によって新しい動きを覚えたのではありません。
ゴルファーを動かすクラブの作用が変わった。
だから、結果が変わったのです。
フィッティングとは、クラブの作用を設計すること
フィッティングは、単に振りやすいクラブを選ぶ作業ではありません。
また、ゴルファーがクラブを自由自在に操作できるようにする作業でもありません。
クラブは、動かせば必ずエネルギーを持ちます。
そして、そのエネルギーを持ったクラブは、必ずゴルファーへ作用を返します。

フィッティングとは、
クラブがゴルファーへ返す作用を、望ましい身体運動とインパクトにつながるように整える作業
です。
特に、重心距離が長く、慣性モーメントの大きい現代のクラブでは、この考え方が重要になります。
クラブ自身が持つ運動の影響が大きいからです。
ゴルファーがクラブを一方的に支配していると思い込んでいては、この現象は見えてきません。
人間が一番偉いと思っていては、真実は見えない
ゴルファーはクラブを振っています。
しかし、クラブもまたゴルファーを動かしています。
クラブを最初に動かすのは人間です。
その意味では、人間がクラブを支配しています。
しかし、クラブにエネルギーを与えた瞬間から、そのクラブは質量、重心位置、重心距離、慣性モーメントに従って運動を始めます。
そして、その運動によって、今度は人間の姿勢と動作が変えられます。
人間がクラブを支配しようとした結果、人間が与えたエネルギーを持つクラブによって、逆に人間が支配される。
この相互作用を理解しなければ、フィッティングの本質は見えてきません。
もし人間がクラブを完全に支配できるのであれば、フィッティングは必要ないでしょう。
しかし現実には、クラブが変われば、構えもスイングも結果も変わります。
だから、フィッティングが必要なのです。
そして、重心距離が長く、慣性モーメントの大きいクラブほど、その必要性は高くなります。
いつでも人間が一番偉く、すべてを支配できると思っていたら、真実は見えてきません。
本稿では、「クラブがゴルファーへ作用を返す」という考え方を説明しました。
しかし、まだ一つ疑問が残ります。
なぜ、同じスイングをしているように見えても、クラブによって返ってくる作用が変わるのでしょうか。
その答えは、クラブが持つ運動エネルギーと慣性モーメント、そして重心距離の関係にあります。
次回は、その物理的な仕組みを、図を用いながら詳しく解説したいと思います。

