ジャック・ニクラスが、飛びすぎるゴルフボールについて考え始めたのは、最近のことではありません。
今から40年以上前、ニクラスは「ケイマンボール」と呼ばれる、通常より飛距離を抑えたボールの開発に関わっていました。
きっかけは、カリブ海のケイマン諸島に、限られた土地を使ってゴルフコースを造る計画でした。
通常のゴルフボールを使えば、十分な長さのコースを造ることができません。
そこでニクラスが考えたのは、土地をさらに広げることでも、無理にホールを長くすることでもありませんでした。
ボールの方を飛ばなくすればよい。
こうして開発されたケイマンボールは、通常のゴルフボールとほぼ同じ大きさでありながら、飛距離がおよそ半分になるように作られました。
ニクラスは、ゴルフコースの価値を距離だけで決めていなかったのです。
限られた土地の中でも、ショットの方向、距離感、球筋、そしてボールを止める技術を問うことができれば、ゴルフは成立する。
むしろ彼は、コースを延長し続けなければ成立しないゴルフの方に、早くから疑問を持っていたのではないでしょうか。
ケイマンボールは、日本ではほとんど認知されていなかったと思います。
しかし以前、木場本先生のご自宅にあった練習場では、このボールが練習球として使われていました。
そのとき私は、
「こんなにたくさんのケイマンボールが日本にあったのか」
と驚いたことを覚えています。
飛距離が大きく抑えられるため、広い土地がなくても、通常に近いスイングでボールを打つことができます。
通常のボールとまったく同じ弾道や風への強さを再現できるわけではありませんが、限られた空間の中で、打ち出す方向、高さ、曲がり幅を確認するという意味では、とても合理的なボールでした。
ここで、現在進められているゴルフボールのロールバックを考えてみます。
USGAとR&Aは、将来のボール規制によって、トッププロの飛距離を十数ヤード程度抑えようとしています。
しかしニクラスは、この程度の変更を、
「タイタニック号からデッキチェアを投げ捨てるようなもの」
と表現しました。
沈みかけている船から椅子を一つ投げ捨てても、船の行方は変わりません。
つまり現在提案されている程度の飛距離低下では、ゴルフが抱えている問題を根本的には解決できないということでしょう。
ただし、ニクラスの主張を「もっと飛ばないボールを作ればよい」とだけ読むのも違うと思います。
ケイマンボールが示したのは、ボールの飛距離を抑えることで、限られた土地の中でもゴルフを成立させられるという発想でした。
ところが現在のプロゴルフでは、ボールを少し飛ばなくする一方で、コースの考え方そのものは変わろうとしていません。
できるだけ遠くへ飛ばす。
残り距離を短くする。
短いクラブを持つ。
高い球と大きな落下角で、ピンの近くへ止める。
この構造が残ったままなら、全員の飛距離が十数ヤード落ちても、最も飛ばす選手が有利であることは変わりません。
全員が同じだけ後ろへ下がるだけだからです。
さらに、コースを長くし、ラフを深くするだけでは、飛距離のある選手を止めることができない場合があります。
ロングヒッターは、ほかの選手より短いクラブを持つことができます。
多少ラフに入っても、短い番手と大きな出力でグリーンを狙える。
つまり、飛距離を抑えるために行ったはずのコース延長や深いラフが、逆に飛距離のある選手を有利にすることさえあります。
必要なのは、単にボールを飛ばなくすることではありません。
飛距離が、そのままスコア上の利益へ変換されるコース設定を見直すことです。
例えば、300ヤードを超えたティーショットが、フェアウェイを突き抜けてセミラフまで転がるようにする。
そこからは残り距離が短くても、フライヤーが出やすく、グリーンの奥行きや受け傾斜を使えず、ピンの周辺へボールを止めにくい。
一方で、280ヤード地点の正しい場所へ置けば、残り距離は長くても、クリーンなライと正しい進入角度を得ることができる。
そうなれば選手は、毎回最大飛距離を求めるのではなく、
どこまで飛ばすのか。
どちら側へ置くのか。
次のショットを、どの角度から打つのか。
そこからボールを止めることができるのか。
を考えなければなりません。
飛距離を罰する必要はありません。
飛ばすことによって残り距離は短くなる。
しかし、ボールを止めるための角度やライを失う可能性がある。
反対に、少し距離を抑えれば、残り距離は長くなる。
しかし、グリーンを使える角度と良いライを得られる。
この交換条件があれば、飛距離は絶対的な正解ではなく、戦略上の一つの選択になります。
ゴルフは、遠くへ飛ばすことだけを競うスポーツではありません。
最終的に、狙った場所へボールを止める競技です。
ところが現代のゴルフは、ティーショットで前へ出し、短いクラブを持つことで、飛距離によってボールを止めるゲームへ傾いています。
本来は、ティーショットの位置、グリーンへの進入角度、球筋、着弾地点、傾斜を組み合わせ、戦略によってボールを止めるゲームだったはずです。
ケイマンボールは、商品として大きな成功を収めたとはいえません。
しかし、ニクラスが40年以上前に示した発想は、現在の飛距離問題を考えるうえで、今も重要な意味を持っています。
コースを長くし続けるのか。
ボールを少しだけ飛ばなくするのか。
それとも、飛距離の使い方そのものを選手に問うゴルフへ戻すのか。
ニクラスがゴルフ界に問いかけているのは、単なるボールの性能ではありません。
私たちは、どのような技術をゴルフとして評価したいのか。
その問いなのではないでしょうか。
次回は、全米オープンの歴代優勝者を振り返りながら、なぜ2016年以降、飛距離のある選手が急に目立つようになったのかを考えてみます。
