帝王の言葉 第7話 ゴルフは、いつから陸上競技になったのか

前回は、メーカーとメディアが飛距離を商品として売り、それに合わせてゴルフの価値観まで変わっていった可能性を考えました。

今回は、そもそもゴルフとは、どのような競技だったのかを考えてみます。

ゴルフには、体操やフィギュアスケートのような採点競技とは大きく異なる特徴があります。

スイングが美しいか。

球筋が芸術的か。

難しいショットを打ったか。

それを審判が点数にする必要はありません。

狙った場所へボールを運び、最終的に何打でホールアウトしたか。

その結果だけで勝敗が決まります。

しかし、これはゴルフが単純な競技だという意味ではありません。

むしろゴルフは、審判の主観を使わずに、非常に多くの技術を評価できる競技でした。

飛距離。

方向性。

距離感。

弾道の高さ。

球筋の打ち分け。

風への対応。

傾斜への対応。

クラブ選択。

ミスを避ける判断。

そして、ボールを狙った場所へ止める能力。

それらをコースそのものが問い、最終的な打数として答えを出します。

コースが採点者だったのです。

正しい場所へティーショットを置けば、次のショットが打ちやすくなる。

間違った側へ打てば、木やバンカーによってピンを狙えなくなる。

飛距離を抑えて平らな場所へ置くのか。

多少の危険を承知で、さらに前へ出すのか。

選手の判断と技術が、次の課題を変えていきます。

つまりゴルフは、1打ごとに試験問題が変わる競技です。

しかも、その問題を作るのは選手自身です。

ティーショットをどこへ打ったかによって、次のショットの難易度が決まる。

セカンドショットをどこへ外したかによって、アプローチの難易度が決まる。

判断と結果が連続し、最後の打数へつながります。

これが、ゴルフという競技の大きな特徴だったはずです。

ところが、飛距離が常に利益へ変換されるようになると、この評価装置は単純化されます。

できるだけ遠くへ飛ばす。

残り距離を短くする。

短いクラブを持つ。

高い球でピンの近くへ止める。

この方法がほとんどのホールで正解になれば、選手が考える必要は少なくなります。

もちろん、遠くへ正確に飛ばすことも高度な技術です。

しかし、その能力が他の技術を大きく代替するようになると、ゴルフは多面的な競技ではなくなります。

飛距離があれば、長いクラブを使う技術を減らせる。

飛距離があれば、低い球を転がして止める技術を使わなくてもよい。

飛距離があれば、フェアウェイの細かな位置よりも、残り距離の短さを優先できる。

つまり、最大出力によって試験問題そのものを簡単にできるのです。

ここまで来ると、ゴルフは陸上競技に近づいていきます。

誰が最も速く走れるか。

誰が最も遠くへ投げられるか。

誰が最も高く跳べるか。

陸上競技は、身体能力を純粋に測るという意味で、非常に完成された競技です。

しかし、ゴルフは本来、それとは違いました。

身体能力だけでなく、判断、精度、距離管理、球筋、地形の利用を組み合わせる競技でした。

飛距離がない選手でも、別の能力によって勝つことができました。

サム・スニードほど飛ばなかったベン・ホーガンが、ボールコントロールによって勝つことができた。

ツアー屈指のロングヒッターではなかったコリー・ペイビンやジム・フューリクが、全米オープンを制することができた。

それは、当時のコースが、異なる能力を持つ選手に異なる勝ち方を残していたからです。

この違いは重要です。

飛距離のない選手にも勝つ道があるということは、飛距離の価値が低いという意味ではありません。

飛距離以外の能力にも、同じように勝敗を変える力があったということです。

しかし現在は、まず一定以上の飛距離を持っていなければ、ほかの技術を評価される段階まで進みにくくなっています。

高いコントロール技術を持っていても、長いクラブで硬いグリーンを狙わなければならない。

飛距離のある選手は、多少位置を外しても、短いクラブで同じグリーンを狙える。

同じホールをプレーしていても、実際には違う難易度の試験を受けています。

では、飛距離のない選手の技術が落ちたのでしょうか。

そうではないでしょう。

弾道計測器。

スイング解析。

クラブフィッティング。

コースデータ。

フィジカルトレーニング。

現代の選手は、過去よりも多くの情報と技術を持っています。

それでも飛距離のない選手が勝ちにくくなったのであれば、変わったのは選手ではありません。

競技が、どの能力を評価するかです。

本来のゴルフでは、コースが選手へ複数の問いを投げかけていました。

どこへ運ぶのか。

どの球筋を使うのか。

どこまで飛ばすのか。

どの場所からなら、次のボールを止められるのか。

しかし現在は、その多くが一つの問いへ集約されつつあります。

どれだけ前へ出せるのか。

これでは、ゴルフが持っていた精密な評価機能が失われます。

人の採点を必要とせず、コースそのものが多様な技術を評価する。

それがゴルフの優れたところでした。

ところが、飛距離だけが強く報われるコースでは、コースは採点者として十分に機能しません。

ゴルフが陸上競技に近づいたというのは、選手が筋力をつけたからではありません。

競技側が、最大出力を最も重要な評価項目にしてしまったからです。

戻すべきなのは、昔の飛距離ではありません。

飛距離のある選手にも、飛距離のない選手にも、それぞれ異なる方法で正解へたどり着けるコースです。

飛距離を使う。

位置を選ぶ。

角度を作る。

地面を使う。

球筋を変える。

それらの能力を、コースがもう一度平等に問い直す必要があります。

ゴルフは、誰が最も遠くへ飛ばせるかを測る競技ではありません。

誰が最も適切な方法で、ボールを目的地へ止められるかを測る競技です。

さらにゴルフでは、人間の身体が生み出した力を、クラブという長い道具を通して増幅し、ボールへ伝えます。

そのため、ほんのわずかなタイミングやフェース向きの狂いが、打ち出す方向、球筋、飛距離、着弾地点に大きな違いを生みます。

どれほど優れた選手でも、すべてのショットを完全に再現することはできません。

大切なのは、ミスを完全になくすことではありません。

起きた結果を受け入れ、そこから与えられた次の問題を工夫して解くことです。

そして可能であれば、目の前の一打を成功させるだけでなく、次に与えられる問題が少しでも簡単になる場所へボールを運ぶ。

ティーショットでは、次のショットを打ちやすい場所を選ぶ。

グリーンを外すなら、アプローチしやすい側へ外す。

ピンを直接狙えないなら、ボギーではなくパーを残せる場所へ運ぶ。

ゴルフでは、一打ごとの結果が、次の問題の難易度を変えていきます。

だからこそ、ゴルフは単なる動作の正確性を競うスポーツではありません。

不完全な結果を受け入れながら、判断と技術によって次の一打を組み立て直す競技です。

ここに紹介する動画も、そのことを考えるうえで参考になると思います。

次回は、このシリーズの出発点となったジャック・ニクラスの言葉へ戻ります。

帝王が本当に守ろうとしているものは、昔のゴルフなのでしょうか。

それとも、異なる技術を持つ選手が、それぞれの方法で勝つことのできるゴルフなのでしょうか。

シリーズの結論として考えてみます。

帝王の言葉 第5話 飛距離を無条件の利益にしないコース設定

前回は、ハーバータウン・ゴルフリンクスとオリンピッククラブを例に、開催コースが変われば、同じ選手でも飛距離の価値が変わることを考えました。

飛距離のある選手が勝つこと自体に、問題があるわけではありません。

問題は、遠くへ飛ばすことに、ほとんど代償がないことです。

現在の多くのツアー競技では、ティーショットを遠くへ飛ばすほど残り距離が短くなります。

残り距離が短くなれば、ロフトの大きなクラブを持つことができます。

短いクラブなら、高い球を打ちやすく、スピン量と落下角も確保しやすくなります。

その結果、ピンの近くへボールを止めることも容易になります。

つまり、

飛ばす。
残り距離を短くする。
短いクラブを持つ。
高い球でピンの近くへ止める。

という流れが、ほぼ一直線につながっています。

これでは、飛距離が単なる一つの技術ではなく、次のショットを簡単にするための万能の能力になってしまいます。

では、飛距離を抑えるためにフェアウェイを狭くし、ラフを深くすればよいのでしょうか。

それだけでは不十分です。

ロングヒッターは、飛距離のない選手よりも短いクラブでグリーンを狙えます。

飛ばない選手がフェアウェイから5番アイアンを持つ場面で、飛距離のある選手はラフから8番アイアンや9番アイアンを持てるかもしれません。

ラフへ入れた罰があっても、短いクラブと大きな出力によって、その不利を取り戻すことができます。

単にラフを深くするだけでは、飛距離の優位性は消えません。

むしろ、飛距離のない選手の方が、長いクラブで硬いグリーンへボールを止めなければならず、難しい課題を与えられることになります。

必要なのは、飛距離を直接罰することではありません。

飛ばした先から、ピンの周辺へボールを止めにくくすることです。

例えば、ティーショットが300ヤードを超えると、フェアウェイを突き抜けてセミラフまで転がるようにします。

残り距離は短くなります。

しかし、セミラフからはボールとフェースの間に芝が入り、スピン量や打ち出し条件が不安定になります。

フライヤーが出れば、短いクラブでもグリーン上へ正確に止めることはできません。

さらに、飛ばした先のフェアウェイをグリーンに対して悪い角度にすれば、短いクラブを持つ利益は小さくなります。

手前のバンカーを越えなければならない。

グリーンの奥行きを使えない。

着弾地点からピンまでの停止距離がない。

グリーン面が奥へ下っている。

こうした条件が重なれば、残り距離が短くても、ピンの周辺へボールを止めることは難しくなります。

一方、280ヤード地点の正しい場所へティーショットを置けば、残り距離は長くなります。

しかし、フェアウェイからクリーンに打てる。

グリーンの奥行きを使える。

手前の広い着弾地点を使える。

受け傾斜へボールを落とせる。

そうなれば、長いクラブを持っていても、戦略によってボールを止めることができます。

ここで、飛距離に初めて交換条件が生まれます。

300ヤードを超えて飛ばせば、残り距離は短くなる。

しかし、ボールを止めるためのライと角度を失う。

少し距離を抑えれば、残り距離は長くなる。

しかし、ボールを止められる場所と角度を得る。

どちらを選ぶのかは、ピン位置、風、地面の硬さ、選手の持ち球によって変わります。

毎回同じ答えにはなりません。

この「答えが一つではない」ということが、ゴルフの戦略です。

飛距離のある選手は、それでも大きな武器を持っています。

正しい方向へ300ヤードを運ぶことができれば、大きな利益を得られます。

しかし、方向や着弾地点を間違えれば、その飛距離が次打を難しくする。

飛距離が武器であると同時に、使い方を問われる能力になります。

スタジアムコースが作った、もう一つの問題

ここで考えなければならないのが、PGAツアーのスタジアムコースです。

スタジアムコースは、多くの観客を収容し、トップ選手のプレーを間近で見せることを目的に造られています。

観客が立てる広い場所。

選手を追いかけやすい動線。

テレビカメラを配置しやすい空間。

グリーン周辺を囲む観戦席。

興行を成立させるためには、非常に合理的な構造です。

しかし、観客を入れやすいことと、競技として優れたターゲットを作ることは、同じではありません。

ホールの両側へ多くの観客を配置すると、本来なら林や深いラフへ入るはずだったボールが、観客や仮設物によって止められることがあります。

ラフは観客に踏み固められます。

大きく曲げても、ボールはすぐに発見されます。

観客用の通路や仮設物の近くでは、ルール上の救済を受けられる場合もあります。

つまり、ホールの両側にいる観客が、ミスショットを受け止めるセーフティーネットになるのです。

フェアウェイが30ヤードしかなくても、その両側に観客エリアが広がっていれば、選手が実際に使える幅は、それ以上に広くなります。

コース図では狭く見えても、競技上の有効幅は観客席まで広がってしまいます。

これでは、フェアウェイを狭く設定しても、本来の効果は得られません。

また、スタジアム型の会場では、観客へ派手なショットを見せるために、ドライバーを思い切り振れるホールが好まれます。

広い着弾地点。

短いパー4のワンオン。

パー5の2オン。

大量のバーディーやイーグル。

こうした場面は、テレビ中継でも分かりやすく、観客も盛り上がります。

しかし、それが繰り返されると、コースはターゲットを示す場所ではなく、飛距離を展示する舞台になってしまいます。

観客を入れるための広さが、そのまま選手の許容範囲になっていることが問題なのです。

観客のために、コースを簡単にする必要はない

では、観客を減らさなければならないのでしょうか。

そうではありません。

現在には、ドローン、高倍率カメラ、弾道追尾、大型ビジョン、スマートフォンへの映像配信があります。

観客をホールの両側へ並べなくても、選手のプレーを届けることはできます。

例えば観客を、

ティーイングエリア周辺。

グリーン周辺。

複数ホールを見渡せる丘。

大型ビジョンを備えた集中観戦エリア。

安全に管理できる特定のホール。

へ集約します。

グリーン周辺の観客は、大型ビジョンでティーショットやセカンドショットを確認できます。

ドローン映像なら、選手がどこを狙い、ボールがどのルートを飛び、どの位置に止まったのかを上空から見せられます。

弾道追尾とコース図を組み合わせれば、

なぜドライバーを持たなかったのか。

なぜフェアウェイの左側を狙ったのか。

なぜ20ヤード短く打ったのか。

次打でどの着弾地点を使おうとしているのか。

まで観客へ伝えられます。

これは、単に従来の観戦を映像で代替するだけではありません。

飛距離以外の技術を、観客が理解するための装置にもなります。

観客をコースの両側へ並べ、選手の近くへ連れていくのではありません。

コース全体と選手の戦略を、映像によって観客へ届けるのです。

こうすれば、観客数を維持しながら、ラフや林、傾斜といった本来のペナルティを守ることができます。

スタジアムコースでも、敷地全体は広く使いながら、選手が狙うべき有効なターゲットを狭く設定できます。

観客のための空間と、競技のための空間を分ければよいのです。

フェアウェイの中にも、正解と不正解を作る

現代のコース設定には、もう一つ問題があります。

それは、ティーショットの落下地点だけでなく、フェアウェイのどこから打っても、グリーンへの条件があまり変わらないことです。

フェアウェイの左側でも右側でも、短いクラブを持てばピンを狙える。

これでは、ティーショットの方向性は、フェアウェイに入ったかどうかだけで評価されます。

本来は、フェアウェイの中にも正しい場所と間違った場所が必要です。

右側のピンに対して、左側のフェアウェイからならグリーンの奥行きを使える。

右側からは、バンカーや急な傾斜を越えなければならない。

翌日は左側にピンを切り、正しいティーショットの位置も反対側に変える。

ピン位置とティーショットのターゲットを連動させれば、同じホールでも毎日違う攻略が生まれます。

選手は、単にフェアウェイへ打つのではありません。

次のショットから逆算して、フェアウェイ内のどこへ打つのかを決める必要があります。

そして、ボールを止めるために使えるスペースを設計することも重要です。

グリーンを硬くするだけでは、すべての選手が止めにくくなるだけです。

正しい場所からなら、グリーンの手前へ着弾させ、傾斜とランを使ってピンへ寄せられる。

間違った場所からは、その着弾地点がバンカーやマウンドによって隠される。

こうすれば、ボールを止める能力は、クラブのロフトだけでなく、ティーショットの位置と戦略によって決まります。

ゴルフは、ボールを空中から直接ピンの近くへ止める競技だけではありません。

地面へ着弾させ、傾斜と速度を使い、最終的な停止地点を作る競技でもあります。

ところが現代のツアーでは、短いクラブで高い球を打ち、直接グリーンへ止める方法が優先されます。

飛距離によって短いクラブを持てる選手ほど、地形や角度を考える必要がなくなります。

それでは、コースが持つ立体的な意味が失われてしまいます。

飛距離問題の解決策は、すべての選手を同じ距離まで戻すことではありません。

飛距離が、常に同じ利益を生む構造を変えることです。

飛ばした方がよいホールがあってもよい。

距離を抑えた方がよいホールがあってもよい。

飛ばすなら、方向と着弾地点まで正確でなければならない。

抑えるなら、長いクラブでボールを止める技術が必要になる。

異なる選手が、異なる方法で同じターゲットへ到達できる。

その多様性こそが、ゴルフを単なる飛距離競争ではなく、技術と判断を問う競技にします。

必要なのは、ロングヒッターを排除するコースではありません。

飛距離だけでは正解にたどり着けないコースです。

そして現代の映像技術があれば、観客動員のために、そのターゲットを広げる必要もありません。

観客を多く入れることと、選手に簡単なコースを提供することは、まったく別の問題なのです。

次回は、飛距離を商品として売ってきたメーカーとメディアが、ゴルファーの価値観をどのように変えたのかを考えます。

帝王の言葉 第4話 飛距離が通用しないコースは、何を試しているのか

前回は、全米オープンの歴代優勝者を振り返り、2016年以降、飛距離のある選手が優勝者の中心になっていることを考えました。

では、本当に現代のゴルフでは、飛距離がなければ勝てないのでしょうか。

私は、そうではないと思います。

同じ選手が、同じクラブと同じボールを使っていても、開催コースが変われば、飛距離の価値は大きく変わるからです。

その代表が、ハーバータウン・ゴルフリンクスです。

ハーバータウンは、PGAツアーの中では決して長いコースではありません。

フェアウェイも広大ではなく、木の枝がショットの通り道を限定し、小さなグリーンへ入れる角度が重視されます。

ここでは、ティーショットを遠くへ飛ばせば、それだけで有利になるわけではありません。

フェアウェイに置いたとしても、左右を間違えれば、次のショットを木が遮ります。

グリーンが見えていても、進入角度が悪ければ、ピンの近くへボールを止めることができません。

つまり、ハーバータウンにおけるティーショットのターゲットは、単なるフェアウェイではありません。

次のショットを打つための、フェアウェイ内の特定の場所です。

飛距離がある選手でも、必要以上に前へ出せば、木の枝や悪い角度によって次打を難しくします。

反対に、飛距離が平均的でも、正しい側へ置くことができれば、グリーンの奥行きを使ってボールを止めることができます。

ここでは、

「どれだけ前へ行ったか」

よりも、

「次のショットをどこから打てるか」

の方が重要になります。

オリンピッククラブのレイクコースも、同じことを教えてくれます。

このコースで行われた全米オープンでは、必ずしもロングヒッターばかりが優勝してきたわけではありません。

ビリー・キャスパー。
スコット・シンプソン。
リー・ジャンゼン。
ウェブ・シンプソン。

いずれも、圧倒的な飛距離だけで試合を支配した選手ではありません。

オリンピッククラブのレイクコースは、サンフランシスコ南西部、太平洋岸に近いレイク・マーセッドを見下ろす丘陵地に造られています。

各ホールは起伏のある斜面を横切るように配置され、フェアウェイも地形に沿って左右へ傾いています。

さらに、フェアウェイを囲む大きな木々がショットのルートを限定し、ボールを通さなければならない狭い空間を作ります。

全米オープンでは、フェアウェイやグリーンがコンクリートのように硬く仕上げられることがあります。

小さなグリーンに直接ボールを落としても止まらず、グリーンのはるか手前へ着弾させ、地面を転がして止めなければならないホールもあります。

そのため、単に残り距離を短くするだけでは、ピンを狙うことができません。

どこから打つのか。

どの方向へ打ち出すのか。

どこへ着弾させ、どれだけ転がすのか。

そのすべてを逆算する必要があります。

ティーショットを曲げれば、単にラフへ入るだけではありません。

次のターゲットへ向かう射線そのものを失います。

深いラフなら、パワーのある選手が短いクラブで振り抜くことができるかもしれません。

しかし、木によって打つ方向を失えば、筋力では解決できません。

また、木がなくても、グリーンへボールを止めるために必要な着弾スペースを使えなければ、同じようにピンを狙うことができなくなります。

ここに、ターゲットゴルフの本質があります。

単にフェアウェイを狭くし、ラフを深くすればよいわけではありません。

正しい場所と、間違った場所の差を作ることが重要です。

フェアウェイの右側からなら、グリーンの奥行きを使える。

左側からは、バンカー越えになる。

少し距離を抑えれば、平らなライが残る。

飛ばしすぎれば、下り傾斜から打たなければならない。

このような構造があれば、選手は毎回ドライバーを最大出力で振ることができません。

飛距離を使うのか。

位置を優先するのか。

次のショットを、どの角度から打つのか。

それを考えること自体が競技になります。

狭いコースは、しばしば質が低いコースのように扱われます。

「ドライバーを振れない」

「プロには短すぎる」

「現代のツアーには向かない」

そのように評価されることもあります。

しかし、これはコースの質を見ているのではありません。

飛距離を発揮しやすいかどうかだけで、コースを評価しているのです。

本来、狭いコースほど設計の質が問われます。

ただ狭いだけなら、窮屈なコースです。

しかし、

どこへ打つべきかが明確である。

飛ばすルートと安全なルートが用意されている。

正しい位置からは次打が打ちやすい。

間違った位置からは、ピンへ止めにくい。

こうした意味があるなら、狭さは選手の技術と判断を測るための装置になります。

ハーバータウンやオリンピッククラブで、飛距離だけの選手が上位を独占しないのは、飛距離を不当に罰しているからではありません。

飛距離が、正しい場所へ運ばれたときにだけ価値を持つように設計されているからです。

ロングヒッターが勝てないわけではありません。

飛距離があり、なおかつ正しい位置へ運び、そこからボールを止められる選手なら勝つことができます。

今年のハーバータウンでも、十分な飛距離を持つスコッティ・シェフラーがプレーオフまで進みました。

しかし優勝したのは、ハーバータウンを過去にも制しているマット・フィッツパトリックでした。

これは、飛距離のある選手が排除されるという意味ではありません。

飛距離だけでは勝てず、位置、角度、距離管理、ボールコントロールまで揃えた選手が評価されるということです。

つまり、飛距離は絶対的な正解ではなく、総合技術の一つに戻されます。

ここから分かることがあります。

現代の飛距離問題は、クラブやボールだけの問題ではありません。

同じ用具を使っていても、コースが明確なターゲットを示せば、飛距離の支配力は小さくなります。

反対に、広いフェアウェイと柔らかいグリーンを用意し、飛ばした先から短いクラブで止められるようにすれば、飛距離は絶対的な価値になります。

選手が変わったのではありません。

コースが、何を良いショットとして評価するかが変わったのです。

ハーバータウンやオリンピッククラブが示しているのは、飛距離のある選手を排除する方法ではありません。

遠くへ飛ばす能力を、方向性、位置、角度、距離管理と同じ土俵へ戻す方法です。

ゴルフは、遠くへ飛ばした者が勝つ競技ではありません。

必要な距離を、必要な方向へ運び、次のボールを止める条件を作った者が勝つ競技です。

ニクラスは、すでに約7500ヤードまで延長されたミュアフィールド・ビレッジを、これ以上長くするには、周辺の道路まで買収しなければならないと語っています。

これは、単なる冗談ではないでしょう。

選手の飛距離が伸びるたびにコースを延長する方法には、物理的な限界があります。

だからこそ、次に考えなければならないのは、コースをどこまで長くするかではありません。

飛距離が、どのような条件で利益になり、どのような条件では不利益になるのか。

次回は、飛距離を無条件の利益にしないコース設定について考えます。

帝王の言葉 第3話 全米オープンは2016年から変わったのか

前回は、ジャック・ニクラスが40年以上前に開発へ関わった「ケイマンボール」から、現在の飛距離問題を考えました。

今回は、全米オープンの歴代優勝者を振り返ってみます。

全米オープンは、長い距離、狭いフェアウェイ、深いラフ、硬く速いグリーンによって、選手の総合力を試す大会とされてきました。

しかし、過去40年間の優勝者を並べてみると、2016年を境に、優勝する選手のタイプが変わっているように見えます。

まず、1986年から2015年までの優勝者です。

1986年 レイモンド・フロイド
1987年 スコット・シンプソン
1988年 カーティス・ストレンジ
1989年 カーティス・ストレンジ
1990年 ヘール・アーウィン
1991年 ペイン・スチュワート
1992年 トム・カイト
1993年 リー・ジャンゼン
1994年 アーニー・エルス
1995年 コリー・ペイビン
1996年 スティーブ・ジョーンズ
1997年 アーニー・エルス
1998年 リー・ジャンゼン
1999年 ペイン・スチュワート
2000年 タイガー・ウッズ
2001年 レティーフ・グーセン
2002年 タイガー・ウッズ
2003年 ジム・フューリク
2004年 レティーフ・グーセン
2005年 マイケル・キャンベル
2006年 ジェフ・オギルビー
2007年 アンヘル・カブレラ
2008年 タイガー・ウッズ
2009年 ルーカス・グローバー
2010年 グレーム・マクドウェル
2011年 ローリー・マキロイ
2012年 ウェブ・シンプソン
2013年 ジャスティン・ローズ
2014年 マルティン・カイマー
2015年 ジョーダン・スピース

この30年間にも、タイガー・ウッズ、アーニー・エルス、ローリー・マキロイ、アンヘル・カブレラのような飛距離のある選手はいました。

しかし、その一方で、

ヘール・アーウィン。
トム・カイト。
コリー・ペイビン。
リー・ジャンゼン。
ペイン・スチュワート。
ジム・フューリク。
グレーム・マクドウェル。
ウェブ・シンプソン。

といった、ツアーを代表するロングヒッターではない選手も全米オープンを制しています。

さらに、カーティス・ストレンジ、スコット・シンプソン、マイケル・キャンベル、ジェフ・オギルビーなど、飛距離だけを最大の武器としていたわけではない選手にも、優勝への道が残されていました。

もちろん、飛距離のある選手が勝つ年もある。

飛距離のない選手が、正確性や距離管理によって勝つ年もある。

優勝者の顔ぶれには、選手の能力と攻略法の多様性がありました。

飛距離のない選手は、飛ばないことを単純に補おうとしたのではありません。

ティーショットを正しい場所へ置く。

グリーンへ入れる角度を作る。

距離を正確に打ち分ける。

打ってはいけない場所を避ける。

そして、長いクラブでも狙った場所へボールを止める。

そうした技術と判断によって、飛距離のある選手と異なる方法で勝つことができました。

ところが、2016年以降の優勝者を見ると、様子が変わります。

2016年 ダスティン・ジョンソン
2017年 ブルックス・ケプカ
2018年 ブルックス・ケプカ
2019年 ゲーリー・ウッドランド
2020年 ブライソン・デシャンボー
2021年 ジョン・ラーム
2022年 マット・フィッツパトリック
2023年 ウィンダム・クラーク
2024年 ブライソン・デシャンボー
2025年 J.J.スポーン

この10年間の優勝者は、それ以前と比べて、明らかに十分な飛距離を持つ選手へ偏っています。

ダスティン・ジョンソンは、長年にわたってPGAツアーを代表するロングヒッターでした。

ブルックス・ケプカ、ゲーリー・ウッドランド、ブライソン・デシャンボー、ジョン・ラーム、ウィンダム・クラークも、飛距離を大きな武器とする選手です。

2025年のJ.J.スポーンは、この流れの中では例外に近い存在でしょう。

マット・フィッツパトリックも、以前は正確性やコースマネジメントを中心とする選手と見られていました。しかし、2022年に全米オープンを制するまでに、大幅な飛距離アップへ取り組んでいます。

つまり、もともと高いコントロール技術を持つ選手でさえ、現代の全米オープンを勝つには、さらに飛距離を加える必要があったとも考えられます。

では、2016年を境に、飛距離のない選手の技術が落ちたのでしょうか。

私は、そうは思いません。

現代の選手は、弾道計測、クラブフィッティング、スイング分析、フィジカルトレーニング、コースデータなど、過去とは比較にならないほど多くの情報を使っています。

ショット精度や距離管理の水準が、突然低下したとは考えにくいでしょう。

変わったのは選手の技術ではなく、コースが技術を評価する方法ではないでしょうか。

コースを長くする。

ラフを深くする。

グリーンを硬くする。

一見すると、これはロングヒッターを抑える設定に見えます。

しかし実際には、飛距離のある選手ほど、長いホールでも短いクラブを持つことができます。

ラフに入っても、ほかの選手よりロフトの大きなクラブで打てる。

高い球を打ち、大きな落下角でグリーンへ止められる。

つまり、飛距離を抑えるためにコースを長くした結果、飛距離を持たない選手の方が、さらに難しいショットを要求されることになります。

2016年のオークモントで勝ったのはダスティン・ジョンソンでした。

翌年のエリンヒルズでは、広く長いコースをブルックス・ケプカが制しました。

その後も、飛距離のある選手が優勝を続けています。

これは偶然なのでしょうか。

あるいは全米オープンが、正確性とボールコントロールを試す大会から、まず一定以上の飛距離を持っていなければ勝負へ参加できない大会へ変わったのでしょうか。

もちろん、2016年以降の優勝者が、飛距離だけで勝ったわけではありません。

彼らはアイアンショット、ショートゲーム、パッティング、精神力まで含めた、非常に高い総合技術を持っています。

問題は、ロングヒッターに技術があるかどうかではありません。

飛距離を持たない選手が、別の高い技術によって勝つための道が、コース設定の中に残されているかどうかです。

1986年から2015年までの全米オープンでは、飛距離のある選手にも、飛距離以外を武器にする選手にも、優勝の可能性がありました。

しかし2016年以降、その多様性が急速に失われたように見えます。

2016年以降の優勝者の変化は、飛距離のない選手の技術が落ちたことを示しているのではありません。

むしろ、飛距離のない選手の高度な技術を、勝利へ変換しにくい大会になった可能性を示しているのではないでしょうか。

次回は、ハーバータウンやオリンピッククラブでの試合を例に、なぜ同じ選手、同じクラブ、同じボールでも、コースが変われば飛距離の優位性が小さくなるのかを考えます。

帝王の言葉 第2話 帝王が40年以上前に考えた「飛ばないボール」

ジャック・ニクラスが、飛びすぎるゴルフボールについて考え始めたのは、最近のことではありません。

今から40年以上前、ニクラスは「ケイマンボール」と呼ばれる、通常より飛距離を抑えたボールの開発に関わっていました。

きっかけは、カリブ海のケイマン諸島に、限られた土地を使ってゴルフコースを造る計画でした。

通常のゴルフボールを使えば、十分な長さのコースを造ることができません。

そこでニクラスが考えたのは、土地をさらに広げることでも、無理にホールを長くすることでもありませんでした。

ボールの方を飛ばなくすればよい。

こうして開発されたケイマンボールは、通常のゴルフボールとほぼ同じ大きさでありながら、飛距離がおよそ半分になるように作られました。

ニクラスは、ゴルフコースの価値を距離だけで決めていなかったのです。

限られた土地の中でも、ショットの方向、距離感、球筋、そしてボールを止める技術を問うことができれば、ゴルフは成立する。

むしろ彼は、コースを延長し続けなければ成立しないゴルフの方に、早くから疑問を持っていたのではないでしょうか。

ケイマンボールは、日本ではほとんど認知されていなかったと思います。

しかし以前、木場本先生のご自宅にあった練習場では、このボールが練習球として使われていました。

そのとき私は、

「こんなにたくさんのケイマンボールが日本にあったのか」

と驚いたことを覚えています。

飛距離が大きく抑えられるため、広い土地がなくても、通常に近いスイングでボールを打つことができます。

通常のボールとまったく同じ弾道や風への強さを再現できるわけではありませんが、限られた空間の中で、打ち出す方向、高さ、曲がり幅を確認するという意味では、とても合理的なボールでした。

ここで、現在進められているゴルフボールのロールバックを考えてみます。

USGAとR&Aは、将来のボール規制によって、トッププロの飛距離を十数ヤード程度抑えようとしています。

しかしニクラスは、この程度の変更を、

「タイタニック号からデッキチェアを投げ捨てるようなもの」

と表現しました。

沈みかけている船から椅子を一つ投げ捨てても、船の行方は変わりません。

つまり現在提案されている程度の飛距離低下では、ゴルフが抱えている問題を根本的には解決できないということでしょう。

ただし、ニクラスの主張を「もっと飛ばないボールを作ればよい」とだけ読むのも違うと思います。

ケイマンボールが示したのは、ボールの飛距離を抑えることで、限られた土地の中でもゴルフを成立させられるという発想でした。

ところが現在のプロゴルフでは、ボールを少し飛ばなくする一方で、コースの考え方そのものは変わろうとしていません。

できるだけ遠くへ飛ばす。

残り距離を短くする。

短いクラブを持つ。

高い球と大きな落下角で、ピンの近くへ止める。

この構造が残ったままなら、全員の飛距離が十数ヤード落ちても、最も飛ばす選手が有利であることは変わりません。

全員が同じだけ後ろへ下がるだけだからです。

さらに、コースを長くし、ラフを深くするだけでは、飛距離のある選手を止めることができない場合があります。

ロングヒッターは、ほかの選手より短いクラブを持つことができます。

多少ラフに入っても、短い番手と大きな出力でグリーンを狙える。

つまり、飛距離を抑えるために行ったはずのコース延長や深いラフが、逆に飛距離のある選手を有利にすることさえあります。

必要なのは、単にボールを飛ばなくすることではありません。

飛距離が、そのままスコア上の利益へ変換されるコース設定を見直すことです。

例えば、300ヤードを超えたティーショットが、フェアウェイを突き抜けてセミラフまで転がるようにする。

そこからは残り距離が短くても、フライヤーが出やすく、グリーンの奥行きや受け傾斜を使えず、ピンの周辺へボールを止めにくい。

一方で、280ヤード地点の正しい場所へ置けば、残り距離は長くても、クリーンなライと正しい進入角度を得ることができる。

そうなれば選手は、毎回最大飛距離を求めるのではなく、

どこまで飛ばすのか。

どちら側へ置くのか。

次のショットを、どの角度から打つのか。

そこからボールを止めることができるのか。

を考えなければなりません。

飛距離を罰する必要はありません。

飛ばすことによって残り距離は短くなる。

しかし、ボールを止めるための角度やライを失う可能性がある。

反対に、少し距離を抑えれば、残り距離は長くなる。

しかし、グリーンを使える角度と良いライを得られる。

この交換条件があれば、飛距離は絶対的な正解ではなく、戦略上の一つの選択になります。

ゴルフは、遠くへ飛ばすことだけを競うスポーツではありません。

最終的に、狙った場所へボールを止める競技です。

ところが現代のゴルフは、ティーショットで前へ出し、短いクラブを持つことで、飛距離によってボールを止めるゲームへ傾いています。

本来は、ティーショットの位置、グリーンへの進入角度、球筋、着弾地点、傾斜を組み合わせ、戦略によってボールを止めるゲームだったはずです。

ケイマンボールは、商品として大きな成功を収めたとはいえません。

しかし、ニクラスが40年以上前に示した発想は、現在の飛距離問題を考えるうえで、今も重要な意味を持っています。

コースを長くし続けるのか。

ボールを少しだけ飛ばなくするのか。

それとも、飛距離の使い方そのものを選手に問うゴルフへ戻すのか。

ニクラスがゴルフ界に問いかけているのは、単なるボールの性能ではありません。

私たちは、どのような技術をゴルフとして評価したいのか。

その問いなのではないでしょうか。

次回は、全米オープンの歴代優勝者を振り返りながら、なぜ2016年以降、飛距離のある選手が急に目立つようになったのかを考えてみます。

帝王の言葉を、ゴルフ界は聞き入れることができるのだろうか? 第1話

今年のメモリアル・トーナメントが終了しました。

優勝は、プレーオフの末にJ.T.ポストン。PING契約選手のウィンダム・クラークも好調を維持し、3位タイに入りました。

最終日はプレーオフまでもつれる展開となりましたが、今年のメモリアル・トーナメントは、どこか例年ほどの盛り上がりを感じられなかったようにも思います。

メモリアル・トーナメントは、軍人や退役軍人、そして国のために犠牲となった人々へ敬意を示す大会でもあります。

世界各地で戦争が続き、多くの命が失われている現在、その現実が大会の空気にも影を落としていたのかもしれません。

しかし、理由はそれだけではないように思います。

大会を主催するジャック・ニクラスが開幕前に語った言葉も、現在のPGAツアーが抱えている問題を象徴していたのではないでしょうか。

彼の発言内容は、以下のようなものでした。

ニクラスの発言は、大きく二つの問題に分けることができます。

一つ目は、現在のPGAツアーの日程についてです。

ニクラスは、シグネチャーイベントをはじめとする重要大会が短期間に集中しすぎている現状について、「現在彼らが進めていることに、必ずしも賛成ではない」と懸念を示しました。

大きな大会が連続すれば、トップ選手はすべてに万全な状態で出場することができません。

選手には試合の合間に体と精神を回復させる時間が必要であり、自身も現役時代には、重要な試合と試合の間に休養を入れることで、再び最高の状態を作っていたと説明しています。

また、注目度の高い大会を短期間に集中させることで、それ以外の大会が埋没してしまうことにも懸念を示しました。

具体例として挙げたのが、コグニザント・クラシックです。

ペブルビーチ、ジェネシス招待、ベイヒル、ザ・プレーヤーズ選手権といった大きな大会の間に置かれれば、その大会が独自の存在感を示すことは難しくなります。

※コグニザント・クラシックは、フロリダ州のPGAナショナルで開催されるPGAツアーの大会です。
以前は「ホンダ・クラシック」の名称で知られ、現在も「ベア・トラップ」と呼ばれる難関ホールを持つ、歴史ある大会です。
ニクラスは、この大会が大きな大会の間に置かれることで注目を失っていると指摘しました。

高額賞金大会を増やし、トップ選手を一部の大会へ集めることで、PGAツアー全体が強くなるのではなく、むしろ大会ごとの個性や価値が失われるのではないか。

ニクラスは、そのような危機感を示しているように見えます。

そして、この問題について新CEOのブライアン・ロラップ氏や、コミッショナーのジェイ・モナハン氏と、直接話をしたいとも述べています。つまり、単なる感想ではなく、現在のPGAツアーの方向性に対する明確な異議と考えてよいでしょう。

もう一つは、ゴルフボールの飛距離制限、いわゆるロールバックについてです。

USGAとR&Aが進める新しいボール規制によって、アマチュアの飛距離低下は1~2ヤード、トッププロでも12~14ヤード程度にとどまると、ニクラスは見ています。

そして、この程度の変更では飛距離問題の本質的な解決にはならないとして、「タイタニック号からデッキチェアを投げ捨てるようなもの」と表現しました。

沈みかけた大型船から椅子を一つ投げ捨てても、船の行方は変わりません。

つまりニクラスは、ボールの飛距離を少し抑える方向そのものに反対しているのではなく、今回の規制では影響が小さすぎると考えているのです。

選手の飛距離が伸びるたびにコースを延長すれば、さらに広い土地が必要になります。

散水や芝の管理に必要な水、維持費、プレー時間も増え、歴史あるコースはプロ競技を開催できなくなっていきます。

ミュアフィールド・ビレッジも延長を重ねてきましたが、ニクラスは、これ以上伸ばすには周辺の道路まで買わなければならないと語っています。

飛距離の増大に合わせて、いつまでもコースを長くし続けることはできない。

しかし、ボールをわずかに飛ばなくするだけでも解決しない。

ニクラスの発言は、現在の飛距離問題が、用具だけではなく、コース、ツアー運営、試合の見せ方まで含む、より大きな問題であることを示しています。

※ゴルフダイジェストさんの記事はこちらです

次回以降、このニクラスの発言を起点に、現在のPGAツアーが抱える問題を少しずつ掘り下げていこうと思います。

PINGな人 ネリー・コルダはG425ハイブリッドを使用中

全米女子オープン、渋野選手かんばりましたが、残念でした。

最終日は超混戦。スコアが伸びない展開でしたが、終始安定したゴルフを展開したコルダ選手が17番でバーディを奪取。最後のパットはドキッとしましたが、貫禄の優勝です。

PINGと用具契約を結んでいないものの、PINGのクラブを使用している「PINGな人」とこのブログでは読んでいますが、実はネリー・コルダ選手は、現在PING G425ハイブリッド 26度を使用しているPINGな人です。 “PINGな人 ネリー・コルダはG425ハイブリッドを使用中” の続きを読む

まさか本人が忘れていた? シブコ、黄金パターの「ANSER」回帰で急浮上

シブコのファンならずとも、みんなが知っている黄金パターがSIGMA2 ANSER。まさか、本人が忘れているとは?

「渋野日向子「自分でも不思議な一日」 “勘違い”もパターチェンジで不安一掃」

GDOさん、渋野日向子「自分でも不思議な一日」 “勘違い”もパターチェンジで不安一掃より

“まさか本人が忘れていた? シブコ、黄金パターの「ANSER」回帰で急浮上” の続きを読む

白いパターが勝った! PGA,バイロンネルソン。

ウィンダム・クラークの「60」とPING SCOTTSDALE TEC ALLY BLUE ONSET CB

今週は日本ツアーだけでではありませんでした。

PING GOLF @PingTour White Gold. 🏆 The #ScottsdaleTEC Ally Blue Onset joins the Gold Putter Vault with a win at The CJ Cup Byron Nelson. The winner led the field in SG: Putting (+12.573). #PlayYourBest

PGAツアー「CJカップ・バイロン・ネルソン」で、ウィンダム・クラークが最終日に「60」をマークし、逆転優勝を飾りました。

この勝利で大きく注目されたのが、鉛が貼られた白いパターです。

そのモデルは、

PING SCOTTSDALE TEC ALLY BLUE ONSET CB

です。

GOLF.comのWITBによれば、クラークのパターは次のような仕様でした。

項目 スペック
モデル PING Scottsdale TEC Ally Blue Onset CB
ロフト 3度
ライ角 70度
長さ 38インチ
ヘッド重量 385g
追加重量 17gチップウェイト(おそらくソールの鉛の重量と思います。)
インサート PEBAX
グリップ SuperStroke

ここで注目したいのは、単に「白いマレットパター」ではないという点です。

クラークが使ったのは、CB=カウンターバランス仕様。長さは38インチで、通常のパターより長め。さらにヘッド重量385gに加え、17gのチップウェイトが入っています。

つまり、見た目の白さだけではなく、重量配分までかなり作り込まれたパターです。

白いヘッドで視線を落ち着かせる。
オンセット構造でフェース面とボールを見やすくする。
クワイエット・アイ
PEBAXインサートで打感と音を整える。
カウンターバランスで手元とヘッドの動きを安定させる。

これらが組み合わさって、クラークのストロークに合ったパターになっていたと考えられます。

この“カウンターバランス仕様”は、単に大型マレットの高慣性モーメントを使うだけでなく、手元の安定性とヘッド挙動のバランスを整える設計になっています。重量配分とフェース感覚を両立させることで、パットの方向性と距離感が決まっていたことが、最終日のSG:Putting 12.573(ツアー1位)という数字にも表れています。

PING公式でも、ALLY BLUE ONSETはオンセット構造で視線を落ち着かせ、フェース面を見やすくする設計が特徴とされています。これにより、単なる“真っすぐ動かすだけ”のパターではなく、自分のフェース軌道とミスの傾向に対応する道具として機能していたと考えられます。

そして今回、その設計が最終日の「60」というスコアに結びつきました。

ウィンダム・クラークの「60」、ストロークゲインが12.573という数字は、スコアの全てをこのパターが作ったという驚異的な事実を表しています。

PING製品、カートの購入は↓こちらをクリック!

BluePrintTBluePrintSi240i540G440Gle4

 

BluePrintTBluePrintS、、i240i540G440Gle4

すべてのクラブがカスタムオーダーできます。フィッティング・お問い合わせは ここ、お気軽にどうぞ。 PING製品の納期はこちらを↓を参考にしてください。

納期情報

生分解性100%、海洋においても生分解するリバイブティーは 、楽天市場もしくはYahoo!ショッピングページよりお求めください。

簡単にグリップのクリーニングが出来るグリップキャディは 、楽天市場もしくはYahoo!ショッピングページよりお求めください。

【店長の一言】
パターを選ぶときは、長さを重量です。ご増段はお気軽に。

LIVが壊したものは、本当にゴルフの伝統だったのか?

――ゴルフライターは選手の味方をしたのか

サウジアラビアの政府系ファンドであるPIFが、LIVゴルフへの資金提供を2026年シーズン後に終える方針だと報じられています。
これを受けて、LIVは赤字興行だった、サウジマネーがなければ成立しなかった、やはりPGAツアーの方が正しかった、という論調が強くなるかもしれません。

しかし、私はここで一度立ち止まる必要があると思います。 “LIVが壊したものは、本当にゴルフの伝統だったのか?” の続きを読む