第2話 スクエアスタンスでは、変数が多すぎる
有効重量 m を一定にするためのオープンスタンス
前回は、オリムピッククラブで見たイアン・ポールターのアプローチ練習から、
アプローチは、ボールではなくウェッジへの入力から始まる
という話をしました。
ポールターのアプローチは、手先で距離を合わせているようには見えませんでした。
インパクトで弱めている感じもない。
大きく上げて、当たる直前に調整している感じもない。
むしろ、構えの時点で、すでにウェッジに入る入力の上限を決めているように見えました。
その中心にあったのが、スタンスの向きです。
スタンスをオープンにすることで、バックスイングが大きくなりすぎない。
そして、フォロー側には身体が抜けていく。
この構造が、距離感の安定につながっているのではないか。
今回はその理由を、有効重量という考え方から整理してみます。
距離感は、ヘッドスピードだけでは決まらない
アプローチの距離感というと、多くの人はヘッドスピードを考えます。
速く振れば飛ぶ。
遅く振れば飛ばない。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、実際にはそれだけでは説明しきれません。
同じようなヘッドスピードでも、ボールが強く出る時と、弱く出る時があります。
同じ振り幅に見えても、芝に負ける時と、しっかりボールが前に出る時があります。
同じ距離を打とうとしているのに、ある時はショートし、ある時は飛びすぎる。
なぜでしょうか。
それは、クラブヘッドの速度だけでなく、ウェッジにどれだけの質量が乗っているかが変わっているからです。
ここでいう質量は、クラブヘッド単体の重さではありません。
身体、腕、クラブがどれだけ一体になってボールへ働いているか。
つまり、有効重量です。

有効重量 m とヘッド速度 V
単純化すれば、ボールに伝わる仕事量は、
E ≒ 1/2 mV²
と考えることができます。
ここで、
m = 有効重量
V = ヘッド速度
です。
多くの人は、距離感を V、つまりヘッド速度だけで考えます。
しかし、実際には m も変わっています。
同じ V でも、身体と腕とクラブがつながって動いている時と、手先だけでヘッドを合わせにいった時では、ボールに伝わる仕事量は違います。
手先だけで打てば、有効重量は小さくなります。
身体ごと動ければ、有効重量は大きくなります。
つまり、距離感を難しくしているのは、ヘッドスピードの問題だけではないのです。
Vを合わせているつもりでも、mが毎回変わっている。
ここに大きな問題があります。

数学的に言えば、変数が二つある
数学的に言えば、これは変数が二つある方程式です。
距離を決める要素として、
m = 有効重量
V = ヘッド速度
の二つが同時に動いてしまう。
これでは、距離感は非常に難しくなります。
たとえば、20ヤードを打とうとした時に、
ある時は身体とクラブが一体で動く。
ある時は手だけで合わせる。
ある時はインパクトで身体が止まる。
ある時は手首だけがほどける。
ある時はヘッドだけが走る。
これでは、同じ20ヤードを打とうとしていても、毎回違う方程式を解いているようなものです。
しかも、本人はそれに気づきにくい。
本人の感覚では、
「同じくらい振った」
「同じくらいの強さだった」
「同じテンポだった」
と思っている。
しかし、実際にはウェッジに乗っている有効重量 m が違っている。

だから距離がそろわないのです。
スクエアスタンスの問題
ここで、スクエアスタンスの問題が出てきます。
スクエアスタンスは、決して悪い構えではありません。
フルショットでは、身体をしっかり回し、クラブに大きな入力を与えるために合理的です。
しかし、短いアプローチでは少し事情が違います。
短いアプローチに必要なのは、大きな入力ではありません。
むしろ、
小さな入力を、毎回同じ状態でウェッジに伝えること
です。
ところがスクエアスタンスでは、身体がバックスイング側にもフォロー側にも自由に動きやすい。
つまり、短い距離を打つには自由度が大きすぎるのです。
身体が大きく回れる。
クラブも大きく上がる。
加速距離も長くなる。
すると、本来必要な入力よりも大きな入力がウェッジに入りやすくなります。
そして、距離を合わせるためにインパクト前で調整が入る。
手で弱める。
身体を止める。
手首で合わせる。
ヘッドを減速させる。
フェースを合わせにいく。
この瞬間に、身体・腕・クラブのリンクが変わります。
つまり、有効重量 m が変わるのです。
大きく上げて、弱めることの危険性
短いアプローチでよく起こる失敗は、まさにこれです。
大きく上げすぎた。
でも、そんなに飛ばしたくない。
だから、インパクトで緩める。
この時、ヘッドスピードだけを落としているつもりでも、実際には身体とクラブの関係まで変わっています。
身体が止まる。
腕だけが出る。
手首がほどける。
クラブの重さが消える。
芝に負ける。
つまり、Vだけでなく、mまで変わってしまう。
これが、ザックリやトップ、ショート、飛びすぎの原因になります。
オープンスタンスでは何が変わるのか
では、オープンスタンスでは何が変わるのか。
オープンスタンスにすると、身体はフォロー側へ抜けやすくなります。
一方で、バックスイング側への回転量は制限されやすくなります。
つまり、
トップは大きくなりにくい。
しかし、フォローは止まりにくい。
この状態が作られます。
ここが非常に重要です。
トップが大きくなりにくければ、ウェッジに入る入力は大きくなりすぎません。
最初から小さい入力で済むので、インパクトで弱める必要がありません。
そして、フォロー側へ身体が抜ける道があるので、手元や身体が急に止まりにくい。
結果として、身体・腕・クラブのリンクが保たれやすくなる。
つまり、有効重量 m が一定に近づくのです。

オープンスタンスの本質
オープンスタンスの本質は、単に左を向くことではありません。
もちろん、オープンに構えることでフェースを開きやすくなります。
クラブを左へ抜きやすくなります。
バンスも使いやすくなります。
しかし、もっと原因側で見るなら、オープンスタンスの本質は、
有効重量 m を一定に管理しやすくすること
です。
身体が動きすぎない。
しかし、止まりもしない。
バックスイング側は制限される。
フォロー側には抜けられる。
この構造によって、ウェッジに乗る有効重量が毎回変わりにくくなります。
スクエアスタンスが悪いわけではない
ここで誤解してはいけないのは、スクエアスタンスでは絶対にアプローチが打てない、という話ではありません。
上級者やプロであれば、スクエアスタンスでも有効重量を一定にできます。
身体の回転量、手首の使い方、リリース、加速距離を高い精度で管理できるからです。
しかし、多くのアマチュアにとって、短いアプローチのスクエアスタンスは自由度が大きすぎます。
動ける範囲が大きい。
上げられる量が大きい。
そのわりに、必要な距離は短い。
この矛盾を、インパクトで処理しようとする。
そこに難しさがあります。
オープンスタンスは、この自由度を減らしてくれます。
大きく動きすぎない構えを作る。
それでいて、フォロー側には抜けられる構えを作る。
だから、インパクトでブレーキをかけなくて済む。
変数を減らすことが、距離感を作る
アプローチの安定には、感覚も必要です。
しかし、感覚だけでは不十分です。
そもそも毎回違う運動をしていれば、どれだけ感覚が良くても距離はそろいません。
大事なのは、感覚で合わせる前に、変数を減らすことです。
スクエアスタンスでは、
有効重量 m も変わる。
ヘッド速度 V も変わる。
二つの変数が同時に動きます。
オープンスタンスでは、まず m を一定に近づけることができます。
身体・腕・クラブのリンクを保ちやすくし、ウェッジに乗る有効重量をそろえる。
そのうえで、次に V を管理する。
この順番が大切です。
距離を出す構えではなく、距離が出すぎない構え
つまり、オープンスタンスは距離を直接作るための構えではありません。
まず、有効重量を安定させるための構えです。
身体とクラブの接続を保つ。
手先だけで合わせない。
インパクトで身体を止めない。
ウェッジに乗る質量を毎回変えない。
そのために、スタンスの自由度をあえて制限する。
これが、短いアプローチにおけるオープンスタンスの大きな意味です。
まとめ
スクエアスタンスは、距離を出すには合理的な構えです。
身体が回り、クラブが上がり、ウェッジに大きな入力を入れやすい。
しかし、短いアプローチで必要なのは、距離を出す能力ではありません。
必要なのは、
距離が出すぎない構造
有効重量が変わらない構造
インパクトで弱めなくて済む構造
です。
オープンスタンスは、そのための構えです。
左を向くためではありません。
形を真似るためでもありません。
身体・腕・クラブのリンクを保ち、ウェッジに入る有効重量 m を一定にするための構え。
これが、オープンスタンスの本質だと思います。
次回予告
次回は、もう一つの変数を扱います。
それが、加速度 a です。
有効重量 m が一定に近づいても、ダウンスイングで加速度が毎回変われば、インパクト時の速度 V は安定しません。
そこで重要になるのが、TGMでいう プレッシャーポイント3 です。
右手人差し指付け根側に感じる圧力を、ダウンスイングからインパクトまで一定にする。
これは、単なる感覚論ではありません。
ウェッジに与える加速度 a を一定に近づける、非常に質の高い方法です。
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